キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン



 「やっと、今日の授業が終わった。」
 そう、心の中でつぶやいてオレは席を立つ。
 学校なんてくだらない、まともに授業なんて出席したことがなかったオレが、ここ数ヶ月は真面目に学校に通っていた。
 「ケンカはもう二度としない」、そうあいつに約束して、「受験まではあいつの学校にも行かない」と宣言をした。
 オレを信じるなんて言ってくれたあいつの邪魔になりたくなかったし、これ以上余計な心配もかけたくなかった。
 なにより、あいつの期待にこたえたかった。
 オレが「受験まで会わない」宣言したときのあいつは、驚きの表情ですごく寂しそうに見えた。
 いや、寂しそうに見えたってのはオレの希望で妄想かも知れねぇけど。
 だって、あいつは学校でも人気者だと思う。
 いつ行っても、誰か友達と一緒だった。
 生真面目そうな女の子や、きゃぴきゃぴした女の子・・・それに、モデルみたいにスタイルも顔もいい男、関西弁でちゃらちゃらしてる男、物静かそうだけど優等生っぽい男・・色んな人種な人間といつも楽しそうにしていた。
 自分にはいない友達って奴に囲まれたあいつを羨ましいと思うと同時に、輝いて見えた。
 とはいえ、さすがに男と一緒にいるのを目撃するとかなり凹む。



 ま〜それはともかく、あいつ、と出会ってからと言うものしっかりと学校に来てるオレ。
 自分で言うのもなんだけど、結構健気じゃん。
 あいつに褒めてほしいとか思ってたんだからさ。
 実際、あいつに「ちゃんと学校も行ってるぜ」って報告したらさ、目を輝かせて「頑張ってるんだね。私も負けないように頑張らばきゃ」って言ってたんだぜ。
 にしてみれば、毎日学校に行くことなんか普通のことだと思うのによ。
 そう言ったらなんて言ったと思う?
 「でも天童くんは今まで出来なかったことを積極的に努力してるでしょ?そういう努力がすごいことだと思うの」
 だとさ。あっけに取られるとは正直このことだと思うんだ。
 でもよ。褒められてすげー嬉しかった。
 正直言って、普通のことが出来てなかったことは良く分かってるけどよ。
 オレが学校行ったときの反応はすごいものだったぜ。
 遠巻きにひそひそって言うか・・・物珍しいと言うのか、でもオレを怖い奴だと思ってるみたいで誰一人として直接話しかけてなんてこない。
 居心地悪いったらありゃしない。いや、そりゃ自業自得だけどよ。
 春になって、あいつと同じキャンパスで同じときを過ごせるのなら、これくらい耐えられる。耐えなきゃな。
 今更、学校のみんなと仲良くなんてのは無理で、そこまでの度胸はねぇ。って言うか、みたいに簡単にオレを受け入れてくれる奴なんてそうはいない。
 親や兄貴でさえ、不思議そうな顔してやがったもんな。
 だから、春を想う。を想う。そうすれば自然と頑張れるから。
 同時に会いたいと願う心もふつふつと沸いてくるのは少々困りもんだけどよ。



 「なぁ、あの校門の所にいる女、はば学じゃねぇ?」

 考え事しながら歩いてたオレの耳にふとそんな声とざわめきが届く。
 いや、正確には「はば学」この言葉に反応した。
 やべぇな、オレ本当にあいつにいかれてるらしい。あいつの通う学校名を聞いただけで、心臓が飛び出しそうになる。
 はば学の生徒なんて何百人も居るのに・・・あいつのわけもないし・・・



 「天童くん」



 あいつの声で呼ばれた。しかも満面の笑顔で・・・
 勉強漬けで頭おかしくなっちまったのかな?
 それとも、あまりにあいつに会いたいと願うから神様が夢見せてくれたのか?

 「・・・天童くん?やっぱり迷惑だったかな?」
 上目づかいで、心配そうに尋ねて来る。
 迷惑なわけはねぇよ。でもなんで?なんでがここにいるんだ?って言うか、本物っぽい。

 「か?」
 思わず尋ねちまった。とてつもなくあほっぽい。
 「私じゃなかったら誰よ?」
 ぷう、そんな音がしそうなほど頬を膨らませて言われちまった。ヤバイ。かわいい。かわいすぎる。反則だろ、その顔。

 「渡したいものがあってきちゃった」
 そういいながら、手渡されたのはお守り。『合格祈願』
 それだけのために?オレのために?なんか言えよオレ。言葉でてこねぇ。

 「受験まで、もう会わないって言っただろ」
 やっとの思いで出てきた言葉がこれかよ。驚きすぎて口が麻痺しちまってる。
 「そんなこと言われてない。『もう来ない』とは言われたけど、『もう会わない』とは言われてないよ。だから私が来るなら問題ないでしょ?」
 「そうだっけ?」
 あの時の自分のセリフを思い出してみる。いやまぁ正確には覚えてねぇけど、『もう会わない』とは言ってないかもしれない。
 でもよ、が会いに来るなんてことは普通に考えてありえねぇことだろ?
 オレが会いに行く理由はたくさんあるけどよ。勉強教えてくれとか、模試の報告とかよ。まぁ半分以上、に会いたいがための口実だけどよ。

 「ごめん。本当はお守りなんて口実。私が会いたくて仕方がなかっただけ。迷惑だよね。ごめんね。」

 そんなこと言って、しょぼんと下を向いちまった。あ〜ヤバイ。愛おしすぎる。嬉しすぎる。
 ホント、ヤバイ。こんなのオレのキャラじゃねぇよな。

 「わりぃ。ビックリしただけだ。迷惑なんかじゃねぇよ。オレもホントは会いたかったんだ。」

 ぱぁっと、まるで花が咲くように輝いていく顔がまぶしい。
 この笑顔をオレだけが独占するなんて、勿体無いよな。だからと言って、他の奴に積極的に分けてやるつもりも毛頭ねぇけど。

 そこでオレははたと気づく。ここは羽学の校門前。しかも全校生徒の下校時間。オレたちめちゃくちゃ注目の的ってやつになっちまってる。問題児のオレと、はば学のお嬢様とじゃ注目の的にならないほうがおかしいんだけどよ。

 「なぁ、場所移さねぇ?ここはちょっと・・・」
 口ごもるオレに、もやっと周りの状況が飲み込めたようだ。
 「あっうん。ごめん。でも、勉強の邪魔したくないし、顔見れて安心したから、帰るね」
 そんなことを言われて、なんかちょっと残念に思ってるオレ、贅沢すぎ。
 お互い受験生だし、遊んでる場合じゃねぇ。会えただけで、本当は満足しないとな。
 「そうだな。駅まで送る」
 名残惜しいって言うか、未練たらたらでそんなこと言っちまったけど、でもそれくらいは許してくれな?





 「あのね、私、頑張って勉強する。でもね、どうしても寂しくて、どうしても会いたくて我慢できなくなったら、また来てもいい?」


 別れ際に遠慮気味に言われた言葉はオレの宝物かも知れねぇ。

 「たまにならな」なんてつっけんどんに答えちまったけど、たぶん俺の気持ちバレバレだよな。