「壬、今日もお勉強?」



 浪人生である天童は、今日も今日とて彼女であるとお勉強デートである。
 本日のデート先の喫茶店に向かおうと玄関で靴を履いていると、母親に尋ねられる。
 「あぁ・・・そう。行って来る。」
 短く答えた息子に母親はとても嬉しそうに微笑んだ。





 天童は今思うと、母親にもとても迷惑をかけたと苦笑いだ。
 中学時代までは親からも自分は期待されていた。
 その期待が大きすぎて、耐えられなくなってケンカに身をおくようになってしまったわけなのだが、その期待の大きさはやはり親の愛情と言うものではないのだろうか?今なら素直にそう思える。

 良い高校に入るのも、良い大学に入るのも親の見栄のためだと思っていた。
 でも、良い高校、良い大学は夢を追いやすい。夢を見つけたときに方向転換しやすい。
 それに、こう言っちゃ身も蓋もないけれど、良い給料をもらえる企業に勤めようと思えばよい学校に行っておくべきだ。
 良い学校に行くのは自分のためなのだ。
 少し考え方を変えてみれば、なんて簡単なことなのだろう。

 何度も学校や警察に呼び出しをくらい、そのたびに母親を泣かせた。
 父親に説教をくらい、兄にはため息をつかれた。

 そんな彼が「オレが一流大学を受けたい」って言ったときの家族の驚きの表情は、一生忘れないと天童は思う。



 「ねぇ壬。喫茶店や図書館での勉強もいいけど、たまには家に来てもらって勉強したら?」




 そんな母親の言葉に天童は、驚く。
 だれかと一緒に勉強しているなんて、今まで一言だって言ったことはない。
 一人で勉強していると言った覚えもないけれど・・・


 「お母さんね、この前、壬が女の子と喫茶店でお勉強している所、偶然見つけたの。もちろん無理にとは言わないけど、もしお嬢さんと壬が良ければ、お母さんもお嬢さんにご挨拶したいの。」



 驚き戸惑って、言葉を発せないでいた天童に母親は少しばかり遠慮気味に、それでいてはっきりとそう告げた。


 「・・・わかった。今日会ったら、に聞いてみとく。」


 我に返った天童は静かに答える。
 母親って、分かってしまうんだな。そんなことを思いながら・・・
 の存在が、自分を変えてくれたこと。
 が、今の自分にどれだけ大事で、どれほど必要かと言うことが・・・



 「さんって言うのね。お会いできるの楽しみにしてるって伝えておいてね。」



 満面の笑みでそういう母親に、なんだか穏やかな気持ちになり天童は家を出た。






 その日のデートで、は母親の願いをあっさりと了承してくれた。
 それを母親に伝えるとまたもや満面の笑みを浮かべてくれた。





 「久しぶりにケーキでも焼いてみようかしら?さんは甘いもの好きかしら?それよりキチンとお掃除しておかなくちゃ。」




 まだ来る日付も決めていないのに、そわそわとをむかえる準備を始める母親は大変気が早い。




 「母さん、すげぇ楽しみにしてるみたいだぜ」

 母親の様子を眺めながら、笑顔の天童はに一言メールを送るのであった。